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御堂観音・北上川源泉
北上川御堂観音堂

俗に御堂観音と称せられて居る。ここに「天台宗北上山新通法寺正覚院」は、大同三年六月坂上田村麻呂将軍が祈願所として建立されたといわれ、その一族である僧、了慶がひらいたと伝えられています。本堂の先手観音像は南部氏がここを領地にした際、守り本尊として当院に寄進し、今日に及んでいます。 また、御堂脇にある大杉は樹齢千二百余年といわれ県下有数の老木として賞せられています。
北上川の源泉・弓弭(ゆはず)の泉
弓弭(ゆはず)の泉伝説
平安時代天喜5年6月、源頼義、義家父子率いる朝廷軍はこの地方の豪族・安倍氏を討つため軍を率い、北へと進軍していましたが打続く炎暑に兵馬とも疲弊し、士気も上がりませんでした。源義家はふと思い立ったように、小高くて周囲が見渡せる山(一説では岩手町水堀の鞍掛山)へ登ると遥か前方に巨大な杉の木を見つけ、お祈りしました。一説によると義家が天に向かい矢を放つと、普通では考えられないくらい矢は飛び、大杉の根元に刺さったともいわれています。
源義家は森の中へと兵を進め、大杉の根元を手にしていた弓弭(弓のつるをかける先端部分)で突くと、にわかに清水が湧き出てきました。兵馬ともごくごくと清水を飲みついにはみな生き返ったように元気になり、安倍氏を討ち、のちに「前九年の役」と言われる長く続いた戦乱を鎮圧したといわれています。
義家が「弓弭」で掘って湧き出た清水は「弓弭の泉」として人々からあがめられ、今も涸れることなく御堂観音の地に静かに湧き出で、北上川の源として悠久の北上の流れとなっています。
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